(1)『ソロモンの神殿』起源説
古代ユダヤ民族の歴史において、民族の統合を象徴する建築物として『ソロモンの神殿』があります。 紀元前958年に着工し、7年半を費やして完成しました。
この神殿の建設に当たって、ソロモン王がツロの王ヒラムに助力を求めると、当時最高の建築者・職人であったヒラム・アビフという人物が派遣されました。
ヒラム・アビフは、神殿建築の中心人物として、建築に携わる職人達を『親方』と『職人』からなる小集団に組織し、合い言葉や符帳(ふちょう)を使用させるなどさまざまな
工夫によって神殿を完成させることに成功しました。
フリーメーソンの起源は、この時ヒラムの組織した職人集団にあるという説です。
このヒラムは、その後悲劇的な死を遂げたとされ、その死をめぐって『ヒラム伝説』が生まれました。
それは『ソロモンの神殿』とともに、フリーメーソン最も重要な象徴として取り込まれることになりました。
(2)古代密儀宗教起源説
フリーメーソンは、古代社会における密儀宗教を起源とする説です。
代表的な密儀宗教としては、オシリス=イシス密儀、ディニオニュソス密儀、エレウスシス密儀、カビリ密儀、オルペウス密儀、ドルイド密儀があります。
これらの密儀宗教は、死と再生の主題を共通して持っており、フリーメーソンの『ヒラム伝説』とのあいだに密接な関係を見ることが出来ます。
部外者をきっぱりと遮断する密儀宗教の特徴も、フリーメーソンの秘密性につながります。
大部分の密儀宗教は、「小密儀」と「大密儀」の二つに分けられ、信徒は「小密儀」を通過したのち、「大密儀」に参入します。 その位階制度もフリーメーソンに受け継がれたとされています。
(3)ピタゴラス起源説
幾何学と建築術は、古代からほとんど同義語として結びつけられ、ともにフリーメーソンの象徴体系の最も重要な部分に入り込みました。
したがって、ピタゴラスがフリーメーソンの起源と絡めて取り上げられることがあります。
ピタゴラスは広く旅をし、西洋と東洋のすべての秘儀精通していたと信じられています。
彼を中心とするピタゴラス教団は、一種の密儀集団として、フリーメーソンと組織的にも類似するものを持っていたというのであります。
(4)『コレギウム』起源説
古代ローマの建築職人の集団コレギウムが起源であるという説です。
ローマ王ヌマ・ポンピリウスは、ローマ人の職人たちw「コレギウム」と呼ばれる集団に分け、軍隊の組織に編入させました。
その代表的なものが石工職人のコレギウムです。 構成員が最低三人であること、指導者がマギステル(「親方」)と呼ばれたこと、相互扶助の精神を持っていたこと、秘密の集会が開かれていたことなど、フリーメーソンとの類性が指摘されています。
(5)エッセネ派起源説
イエスが登場した当時、ユダヤ社会にはサドカイ派、パリサイ派、エッセネ派という三つの大きな党派が存在しました。
イエスは、このうちサドカイ派とパリサイ派に対して厳しく批判しましたが、エッセネ派については批判を避けています。
このため、イエスは伝道を始める前は、このエッセネ派に属していたという考え方があります。 エッセネ派は厳格な宗教集団であり、この集団に参入するときに必要とされる儀礼という点からも、フリーメーソンとの関連があるとされています。
・死海文書、クムラン宗派、エッセネ派
https://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/28/022936?_gl=1*1qqy80u*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
(6)『コマキニ建築集団』起源説
ローマ帝国が滅亡したとき、ローマの建築職人の集団がコモ湖のコマキニ島に逃れ、ローマの石像建設技術を維持したという伝説があります。
その後、中世の大規模石造建設には、このコマキニ島の建築集団が温存した建築に関する秘伝が使用されました。
彼らの組織は、「親方」と「徒弟」からなり、ひとりの「親方」によって支配されていました。 集会所は「ロギア」と呼ばれ、『ロッジ』と呼ばれるフリーメーソンの集会所との関係が注目されています。
(7)『中世石工職人組合(ギルド)』起源説
フリーメーソンの起源を、中世の石工職人組合(ギルド)と結びつける説です。
中世におけるキリスト教の大聖堂、修道院、宮殿などの建築・増築・修復などのプロジェクトは、数十年あるいは百年を超える年月をを要することも珍しくはありませんでした。
その場合、建築家・職人のギルドが構成され、「親方(マスター)」と呼ばれる人物の指揮のもとに作業を進めていきました。 集会所は『ロッジ』と呼ばれ、作業に必要な書類の保管場所であるとともに、職業上の秘密を伝達する儀礼の場としても使用されました。
ギルドに属する職人たちは、相互扶助の精神を発達させており、ロッジは職人達のコミュニティ・センターのような役割を果たしていたと思われます。
フリーメーソンは、この中世の石工職人組合(ギルド)に起源を持つというのであります。この説は、多くのフリーメーソン史家によって支持され、具体的な証拠を求める調査は進められました。
926年に、イングランドのヨークにおいて石工職人の集会が開かれていますが、フリーメーソンの起源はそこにあるとする説もあります。
『ロッジ』という言葉は、十三世紀に登場し、「フリーメーソン」という言葉は十四世紀頃から使われるようになっています。
ただし、十八世紀以後の近代フリーメーソンと同じ意味で使用されたのではなく、中世の実践的な石工職人組合がフリーメーソンの直接の起源とする説が、証明されているわけではありません。
(8)『聖堂騎士団起源説』
聖堂(テンプル)騎士団がフリーメーソンの起源であるという説です。
十字軍はイスラム教徒から聖地エルサレムを奪回しましたが、巡礼者たちの安全まで確保することは出来ませんでした。
聖堂騎士団は、こうした巡礼者達の保護を目的として、1120年頃に結成されたものです。『ソロモンの神殿』の置かれていた王宮の跡地に本拠があったため、聖堂(テンプル)騎士団という名前がつきました。
この騎士団は、またたくまにヨーロッパ全土に普及し、貴族だけでなく、さまざまな階層からなる巨大な組織に発展していきました。
1314年、最後の大総長(グラン・メートル)であった、ジャック・ド・モレーが処刑されると、その残党がスコットランドに逃れました。
彼らは迫害から逃れるために組織を再編しました。フレーメーソンは、この再編された組織であるというのです。
この説は、石工職人組合起源説とは対照的に、フリーメーソンに貴族姓を求めようとする人々によって支持されることになりました。
実際、幕末~明治維新で活躍したフリーメーソンであったトーマス・グラバーは、スコットランド出身で、スコットランドには多くのフリーメーソンがいた事は事実です。
・明治維新で活躍した坂本龍馬とトーマス・グラバーがフリーメーソンだった証拠動画
(9)『薔薇十字団』起源説
十七世紀初頭のヨーロッパに姿を見せた薔薇十字団がフリーメーソンの直接の起源でアルという説です。
薔薇十字団は、ルネサンス時代の代表的な神秘主義結社として著名です。 フリーメーソンに神秘性・秘教性を求めようとする人々の強い支持を得ました。
記録上、最初のフリーメーソンは、オックスフォード大学にアシュモール博物館を寄贈して、その名を残すことになりました。 十七世紀の古代文化史家エリアス・アシュモールです。
彼は、1646年10月16日の日記に、自分がランカシャーのウェリントンでフリーメーソンに加入したことをシルしています。
彼は、錬金術師、占星術師、カバラ主義者、薔薇十字団思想家との興隆が有り、薔薇十字団がフリーメーソンに移行刷る時期のフリーメーソンと接触したと解釈されています。
1682年3月11日、アシュモールは再び、ロンドンで開催されたフリーメーソンの集会に出席したと日記に書いています。
アシュモールとフリーメーソンとの関係で重要なことは、彼が実践的な建築術とは無関係なままフリーメーソンになっている点です。
彼の時代にはすでにフリーメーソンのイメージが、文字通りの「自由な石工」というイメージから離れ始めていたことが理解されます。
その意味で、アシュモールは最初の「スペキュラティブ(思索的)フリーメーソン」として、それまでの「オペラティ部(実践的)フリーメーソン」とは区別されています。
(10)ベイコン起源説
イギリス経験論哲学の祖と言われるフランシス・ベイコンが、フリーメーソンの改組であるという説。
この説を最初に唱えたのは、ドイツのクリストフ・フリーdpリヒ・ニコライです。
ベイコンの『ニュー・アトランティス』は、中世以来のスコラ的方法に代わって、実験と観察に基づく新しい学問のありかたを提唱しました。
そうしたベイコンの考え方は、1622年にロイヤル・ソサイティ(王立協会)として結実します。
ニコライによると、アシュモールはこの結社に参加したと言います。 薔薇十字団の影の演出者もまたベイコンであるという説もあり、ベイコンに十七世紀の思想的な原点を求めようとする見方が根強く存在していたことを物語っています。
(11)クラブ起源説
フリーメーソンは十八世紀のイギリスで普及した『クラブ』の変形したものであるという説。
十七世紀の後半から十八世紀の初頭にかけて、すなわち近代フリーメーソンが誕生して普及し始めた時期に、ロンドンは帯仇示威数のコーヒー・ハウスあるいはクラブがあり、一種のニュース・センターのような役割を果たしていました。
フリーメーソンは、その中のひとつのクラブが発展したものだという説です。 たとえば「ボックス・クラブ」というクラブがあります。
その目的は、現在のように福祉が行き届いていなかった当時、会員から収入の一部を徴収して基金を集め、病気や事故などの祭、生活苦から会員やその家族を救おうというものでありました。
そのための会費を入れる「箱(ボックス)」にちなんで、『ボックス・クラブ』と呼ばれました。フリーメーソンの重要な思想となっている相互扶助の精神は、そこに由来するとされています。
その他、多くの説がありますが、ここに列挙したのは主要な説であり、フリーメーソンの起源に関する定説は未だ存在していません。 時代によって、地域によって、さまざまなかたちのフリーメーソンが存在していたのです。
よって、以上の主要な説は、どれも正しく、フリーメーソンの起源にはこれらすべてが含まれていると考えるべきでしょう。
グランドロッジ結成とイギリスのフリーメーソン
近代フリーメーソンの誕生
イギリスの近代フリーメーソンの歴史は、はっきりしており、1717年に始まります。
十八世紀初頭のイギリスにおいて、フリーメーソンがすでに人々の耳目(じもく)を引いていたことは、当時の代表的な新聞『タトラー』(1709年6月)が、独自の合図と符丁(ふちょう)で相手を確かめるフリーメーソンに言及していることからも理解されます。
1716年にコヴェント・ガーデンの居酒屋『アップル・トウリー・タヴァン』でグランド・ロッジの結成のための準備会が開かれ、毎年六月二十四日(「聖ヨハネの日」)に集会を持つことが決められました。
この頃のフリーメーソンのロッジのほとんどが居酒屋におかれていたことは、フルーメーソンがクラブとして発足していることをよく物語っています。
クラブは共通の趣味・関心をもつ男性が、社交・娯楽・飲食を目的として集まる団体を意味しており、ほとんどのクラブは居酒屋で集会を開いていました。
グランド・ロッジの結成のための集会も、小規模で宴会を開くより大勢の方が賑やかでよろしいといった程度の発想によるのであり、最初からフリーメーソン運動の組織化という構想はなかったのです。
1717年6月24日に、ロンドンにあった四つのロッジが予定通り居酒屋『グース。バンド・グリドアイアン』に集まり、グランド・ロッジを結成しました。
近代フリーメーソンは、おっパンにこのときをもって発足したとされています。
『グランド・ロッジ』というのは、ロッジを統括するロッジという意味であり、新しいロッジの創設を承認する権限が与えられました。
参加したロッジは、『アップル・トウリー』『クラウン』『ラマー・アンド・グレイプス』『グース・アンド・グリドアイアン』であり、すべて実在した居酒屋の名前をそのまま取っています。
初代グランド・マスターに選ばれたのは、アンソニー・セイヤーでした。
マスターというのは、ロッジ」運営の中心となる役職であり、グランド・マスターは、グランド・ロッジのマスターという意味です。この段階では、フリーメーソンもロンドンに数あるクラブのひとつであって、それほど大きな影響力をもっていたわけではありません。
会員数もスコットランドとイングランドを合わせても、せいぜい七百人ほどであったと推定されています。
しかし、グランド・ロッジが形成されると、当事者を驚かせるほど大きな波紋を巻き起こしました。新しい加入者の中には、宴会をだけを目的とするものの他に、思想的な面での
整備を求めるものも出てきました。
グランド・ロッジは、はやくも1721年にフリーメーソンの歴史・規約・目的に関する憲章作成の仕事に着手しました。
グランド・ロッジは、長老派協会の牧師ジェイムズ・アンダーソンにその仕事を依頼しています。
アンダーソンは、『ゴシック憲章』といわれる古いフリーメーソンの規約をもとに手際よく仕事を進めました。
作成された草稿は若干の修正を受けた以外はそのまま承認され、1723年に『フリーメーソン憲章』として出版されました。
「歴史」「責務」「通則」などからなるこの憲章は、思想的にはそれほど優れた内容のものではありませんでしたが、その後のフリーメーソン運動の展開において、きわめて重要な役割を果たしていくことになります。
(関連情報)
・フリーメーソン年表https://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/13/041450?_gl=1*121v0up*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
・フリーメーソン人名録(基本年代順)概要https://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/13/102539?_gl=1*c2cqjp*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
・フリーメーソンの分派https://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/13/110517?_gl=1*1m98nf8*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
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・スカル&ボーンズ(米国版イルミナティ)https://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/25/012348?_gl=1*1ss8t02*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
・フランス革命とマリー・アントワネットhttps://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/25/114231?_gl=1*1xzuq0g*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
・テンプル騎士団とフリーメーソンhttps://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/26/123822?_gl=1*11gw56z*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
・フリーメーソンの起源
https://renaissancejapn.hatenablog.com/entry/2025/05/27/153028?_gl=1*1nxorx5*_gcl_au*MTA0NjI2MzY5OC4xNzQ2MDU0MjA1
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